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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)11701号 判決 1990年2月28日

主文

一  原告らの本件各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告池田チヨ(以下「原告池田」という。)に対し、四二四万一〇〇〇円、原告杉野清彦(以下「原告杉野」という。)に対し一四四三万八〇〇〇円、原告福島義江(以下「原告福島」という。)に対し一二四二万一〇〇〇円、原告柳川豊(以下「原告柳川」という。)に対し一七六九万六〇〇〇円、原告真子昭一(以下「原告真子」という。)に対し一三六一万六五〇〇円、原告中川政雄(以下「原告中川」という。)に対し一二五九万円、原告谷本隆雄(以下「原告谷本」という。)に対し一二二四万五〇〇〇円、原告小笠原和光(以下「原告和光」という。)に対し一四三四万八五〇〇円、原告小笠原紀子(以下「原告紀子」という。)に対し九四一五万五〇〇〇円、原告春日フミヱ(以下「原告春日」という。)に対し一億〇五〇九万五五〇〇円並びに右各金員に対する原告池田、同杉野、同福島、同柳川、同真子、同中川及び同谷本(以下、右原告ら七名を「原告池田ら」という。)については昭和六三年六月八日から、原告和光、同紀子及び同春日(以下、右原告ら三名を「原告小笠原ら」という。)については同年九月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者の関係等)

(一) 被告は、昭和三八年一一月、初代教え主の亡岡田光玉師(以下「初代教え主」という。)が昭和三四年に開教した宗教(以下「本件宗教」という。)を信仰する者の宗教活動を目的として設立された宗教法人である。

(二) 原告らは、後記奉納金を納めた当時、被告組織下の「道場」に所属する本件宗教の組み手(信者)であったが、現在は被告から離れ、初代教え主の真のみ教えを広めるべく別個の宗教活動を行っている者たちである。

2  (ス座の意義及び建立場所)

(一) 本件宗教においては、宇宙天地人類創造の神である御親元主真光大御神(ミオヤモトスマヒカリオオミカミ。以下「神」という。)の存在を信じ、そのご神体を祀ることが信仰の中核をなすが、このご神体が祀られ、神が降臨する聖処を「ス座」という。

すなわち、本件宗教の教義上、「ス座」とは、狭義では、ご神体を祀る場所をいい、「元宮」又は「奥宮」(以下「元宮」という。)とも称され、広義の「ス座」には、組み手が元宮に祀られたご神体に降臨する神を拝する場所である「本殿」(「拝殿」とも称される。以下「拝殿」という。)も含まれる。

(二) 初代教え主の教えによれば、人が「ご神体の上に上がること」は人命にかかわることとして堅く禁じられているので、山などにご神体を祀るス座(元宮)を建立する場合は、その建立場所は当然に山頂でなければならない。

また、ス座は、元宮と拝殿が一体となって形成されるのであるが、元宮は、拝殿における礼拝の対象であるから、拝殿の真正面に位置しなければならないし、拝殿は、元宮が建立されてはじめて拝殿としての機能を果たすのである。

3  (本件奉納金の募集と寄附)

(一) 被告は、かねてから、神が降臨する世界唯一の場所であるス座世界総本山の建立を計画し、ス座奉納金名下に寄附金を募集していたが、昭和五七年一月ころ、初代教え主の前記教えに従って、静岡県田方郡中伊豆町大字冷川字大幡野(以下「大幡野」という。)一五二四番地及び一五二五番地の丸野山山頂に神を祀る場所である元宮を、その中腹に元宮に祀られたご神体を礼拝する場所である拝殿をそれぞれ建立するというス座世界総本山建立の具体的計画(以下「本件ス座建立計画」という。)を発表して、組み手に対し、丸野山山頂に元宮を建立することを約し、それ以後、組み手一名当たりの一か月分の最低割当額を定めて、元宮、拝殿等ス座世界総本山の諸施設建立のための特別の奉納金(以下「ス座奉納金」という。)の寄附を強力に募り始めた。

(二) さらに、被告は、昭和五九年六月一日、丸野山山頂において地鎮祭を行い、その際、祭文に「いよいよ、世界総本山御本殿建立に向いて行い励む日々なり、その建立に先立ち貴きス座の中心の芯、大元の元たる主晃一大神宮元宮(スノヒカリイオオカムノミヤモトミヤ。元宮の正式名称。)を丸ノ山の頂きに建てさせ給うことを御許し給え」と明記して、丸野山山頂に元宮を建立する決意を表明し、神に対する宗教上の契約として丸野山山頂に元宮を建立することを約すると同時に、原告らに対しても、改めてこれを約した。

(三) 原告らは、丸野山山頂に元宮を、その中腹に拝殿を建立するという本件ス座建立計画は初代教え主の前記教えに則った理想的なものであったので、被告からのス座奉納金寄附の勧誘に応じることとし、昭和五七年から昭和六二年までの間に、被告に対し、原告池田は別表(一)記載のとおり四二四万一〇〇〇円を、原告杉野は別表(二)記載のとおり一四四三万八〇〇〇円を、原告福島は別表(三)記載のとおり一二四二万一〇〇〇円を、原告柳川は別表(四)記載のとおり一七六九万六〇〇〇円を、原告真子は別表(五)記載のとおり一三六一万六五〇〇円を、原告中川は別表(六)記載のとおり一二五九万円を、原告谷本は別表(七)記載のとおり一二二四万五〇〇〇円を、原告和光は別表(八)記載のとおり一四三四万八五〇〇円を、原告紀子は別表(九)記載のとおり九四一五万五〇〇〇円を、原告春日は別表(一〇)記載のとおり一億〇五〇九万五五〇〇円をそれぞれス座奉納金として寄附した(以下、原告らが寄附した右ス座奉納金を「本件奉納金」といい、その各寄附行為を「本件寄附」という。)。

なお、原告池田を除くその余の原告らは、本件寄附の一部又は全部を別表(二)ないし(一〇)記載のとおりの家族名義又は先祖名義で行っているが、いずれも実質的な寄附行為者は右原告らである。

4  (ス座建立計画の不実行)

ところが、丸野山山頂一帯の土地は、中伊豆町の所有するものであり、同町は、昭和六一年五月一八日の同町議会全員協議会における同土地を被告に使用させない旨の決議(以下「本件町議会決議」という。)をうけて、同年九月一〇日付け文書により、被告に対し、その旨を通告してきた。したがって、これにより、被告が丸野山山頂に元宮を建立することは不可能となった。

被告は、その後の昭和六二年八月ころ、丸野山の中腹に拝殿にあたる「ス座世界総本山御本殿」と称する建造物を完成させたが、信仰の中核をなすご神体を祀る元宮は、いまだに丸野山山頂に建立されていないし、今後も建立される可能性はない。

5  (負担付贈与契約の解除)

(一) 原告らは、前記のとおり被告が丸野山に元宮、拝殿等ス座世界総本山の諸施設を建立するための特別の奉納金(ス座奉納金)の寄附を勧誘していたのにこたえて本件寄附をしたのであるから、本件寄附の法律的性質は、被告が本件奉納金をもって丸野山山頂に元宮を、その中腹に拝殿を建立するという義務を負担する、負担付贈与である。

(二) ところが、被告は、前記4記載のとおり、いまだ丸野山山頂に元宮を建立せず、かつ、将来もその建立が不可能となったので、原告らは、本件の各訴状において本件奉納金の負担付贈与契約を解除する旨の意思表示をし、原告池田らの訴状は昭和六三年六月七日に、原告小笠原らの訴状は同年九月一〇日にそれぞれ被告に到達した。

6  (要素の錯誤による無効)

原告らは、被告の前記3(一)、(二)記載の約束により、被告が丸野山山頂に元宮を建立すると信じ、右元宮をはじめス座世界総本山の諸施設を建立する費用にあてる目的で本件寄附をしたにもかかわらず、前記4記載の本件町議会決議により丸野山山頂に元宮を建立することは不可能となり、被告は、現在まで丸野山山頂に元宮を建立していないし、今後も建立される可能性はない。

原告らは、ご神体を祀るに最適の場所である丸野山山頂に元宮を建立するという被告の計画が本件宗教の教義に則った理想的なものであったからこそ本件寄附をしたのであり、かつ、右寄附の際に右の動機を明示したから、原告らがした本件寄附は、その目的たる法律行為の要素に錯誤があり、無効である。

7  (詐欺による取消し)

(一) 被告は、組み手に対して本件ス座建立計画を発表した昭和五七年一月当時、丸野山山頂一帯の土地は中伊豆町の所有に属し、同地を元宮建立のために買い受け又は使用許可を受けることができるかどうかは未確定で、丸野山山頂に元宮を建立することの可能性はいまだ確実でなかったにもかかわらず、本件奉納金を募集する際、原告らに対し、丸野山山頂に元宮を建立すると欺罔し、さらに、前記4記載のとおり昭和六一年九月一〇日ころ中伊豆町から本件町議会決議を通告され、丸野山山頂に元宮を建立することが確定的に不可能となった後も、原告らに対し、右事実を秘し、なお丸野山山頂に元宮を建立すると欺罔して、その旨誤信した原告らに本件奉納金を寄附させた。

(二) そこで、原告らは、本件の各訴状において被告の詐欺を理由に本件寄附を取り消す旨の意思表示をし、原告池田らの訴状は昭和六三年六月七日に、原告小笠原らの訴状は同年九月一〇日にそれぞれ被告に到達した。

8  (不法行為)

被告は、丸野山山頂に元宮を建立するとして本件奉納金を募集した以上、本件ス座建立計画の遂行に当たり丸野山山頂の使用権を確保する義務があり、もし右使用権の確保に障害が生じたにもかかわらず本件奉納金の募集を継続するならば、右障害の存在及びそれに対する対策について逐一原告らに報告し、原告らが自由な意思、判断に基づいて本件寄附をするかどうかを決定することができるよう配慮する義務があったにもかかわらず、これを怠り、かえって、昭和五九年六月一日には丸野山山頂でス座の地鎖祭を行うなどして、あたかも同山頂に元宮を建立することが可能であるかのように装い、前記7記載のとおり丸野山山頂に元宮を建立することが確定的に不可能となったことを知った後も、原告らに対してこれを秘し、原告らが丸野山山頂に元宮が建立されると誤信しているのを奇貨として、引き続き原告らから本件奉納金を受領し続けた。

原告らは、被告の右違法行為により、本件奉納金と同額の財産的損害を蒙った。

9  結語

よって、原告らは、被告に対し、契約解除による原状回復請求権、契約の錯誤による無効若しくは詐欺による取消しを理由とする不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ別表(一)ないし(二)記載の本件奉納金と同額の金員並びに右各金員に対する各訴状送達の日の翌日である原告池田らについては昭和六三年六月八日から、原告小笠原らについては同年九月一一日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は、認める。

(二)  請求原因1(二)の事実のうち、原告らが被告の組み手であったことは認め、その余は争う。

原告らは、被告の前崇教局長兼同局神事部長で、「三代目教え主」を僣称する田中清英(以下「田中」という。)が被告教団の乗っ取りを企図して流布した誤った教義の解釈を信じ、右誤った解釈に則って本訴を提起したものである。

2(一)  請求原因2(一)の事実のうち、本件宗教において神の存在を信じ、ご神体を祀ることが極めて重要であることは認め、その余は否認する。

「ス座」とは、「スの神」の降臨する場所であり、ご神体を祀る場所は「神殿」であり、これは「ス座」の内部に存する。「ス座」には原告らがいうような「元宮(奥宮)」と「拝殿(本殿)」の区別はない。また、「奥宮」(「奥の院」ともいう。)は、教え主が神事を行う狭い場所であって、一般の組み手の出入りできない所である。「元宮」という用語は、田中が「ス座」と「奥宮」との混同により組み手を惑わせるために創作した用語であり、また、「拝殿」という用語は、被告教団では使用していない。

(二)  請求原因2(二)の事実は、否認する。

「ス座(元宮)の建立場所は山頂でなければならない」という教えは、初代教え主が教示したこともないし、被告教団の教義の中にも全く存しないし、また、「ス座は元宮と拝殿が一体となって形成される」ということも教義に明記されておらず、原告らのこの点に関する主張は、田中が被告教団の乗っ取りを企図して流布した誤った教義の解釈によるものである。

3(一)  請求原因3(一)の事実は、被告が組み手に対して本件ス座建立計画を発表してス座奉納金の寄附を募り始めた時期の点を否認し、その余は認める。右の時期は、昭和五七年一〇月一〇日ころである。

(二)  請求原因3(二)の事実のうち、被告が昭和五九年六月一日に地鎮祭を行ったことは認め、その余は否認する。

右地鎮祭の祭文中にある「主晃一大神宮(スノヒカリヒイオオカムノミヤ)」とは、初代教え主が田園調布に造った「神の宮」を指す語であり、右祭文中の「主晃一大神宮元宮を丸ノ山の頂きに建てさせ給うことを御許し給え」なる一文は、田中が祭文の原案を起案した際に書き込んだもので、これにより、原告らと被告との間になんらかの法律効果を生じさせるものではない。

(三)  請求原因3(三)の事実のうち、原告柳川を除くその余の原告池田らが原告ら主張のころ被告に対して原告ら主張どおりの額の本件奉納金を出捐したことは認めるが、原告柳川の奉納金額及び原告らの右奉納金出捐の動機は否認する。

4  請求原因4の事実のうち、中伊豆町議会全員協議会が本件町議会決議をしたことは知らず、その余は認める。

5(一)  請求原因5(一)の事実は否認し、その主張は争う。

原告らの本件奉納金の出捐は、原告らの本件宗教に対する信仰心による宗教的目的に基づきされた宗教的な行為であって、これを強いて法律行為として構成することは困難である。

仮に贈与とみなされるとしても、負担付贈与ではなく、本件奉納金は、被告の自由な判断により、ス座建立に必要なあらゆる費用に支出することができるものである。

(二)  請求原因5(二)の事実のうち、被告が丸野山山頂に元宮を建立していないことは認める。

6  請求原因6のうち、被告が丸野山山頂に元宮を建立していないことは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

7  請求原因7(一)のうち、丸野山山頂一帯の土地が中伊豆町の所有に属することは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

8  請求原因8の事実は否認し、その主張は争う。

三  被告の主張

1  (本案前の抗弁)

(一) 本件訴えは、負担付贈与契約の解除、錯誤による無効、詐欺による取消し及び不法行為の四つの法律構成のもとに本件奉納金と同額の金員の支払を求めるものであり、一見すると具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する争訟のように見えるが、右いずれの法律構成においても、本件宗教の教義上「ス座」とはご神体を祀る「元宮」と「拝殿」とが一体となって形成されるものであること、被告が建立したのはス座のうちの拝殿のみであって、元宮はいまだ建立されていないこと及び元宮の建立場所は丸野山山頂でなければならないことがその不可欠の前提とされており、原告らの主張の核心をなしている。

そして、右ス座の概念、ス座の建立場所の点は、いずれも、本件宗教の教義内容に深くかかわり、その信仰の本質に関する事項であり、この点に関する争いは、純然たる宗教上の争いであって、裁判所が法令を適用して解決し得る問題ではない。したがって、本件訴えは、裁判所に法令の適用によっては解決の不可能な宗教上の教義に関する判断を求めるものであり、しかも、右の判断が本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものとなっており、かつ、紛争の核心となっているから、本件訴えは、法令の適用による終局的解決の不可能なものであって、法律上の争訟にあたらないというべきであり、却下されるべきである。

2  (本案についての主張)

(一) 初代教え主は、立教以来「スの神」の降臨を祈念し、これを迎えるス座を「ス座世界総本山」と呼び称し、「ス座は天城の高天原に建つ」と明言していたところ、被告は、昭和五七年二月一〇日、丸野山中腹の大幡野に約六〇万坪の土地を取得して、初代教え主の立教以来の被告教団及び組み手らの念願であった「ス座世界総本山御本殿」の建立計画を現実化し、同年一〇月一〇日に「ス座世界本山建立に向かって」と題するパンフレットを、昭和六〇年四月一日に「ス座世界総本山御本殿建立に向かって」と題するパンフレットをそれぞれ発行して、組み手らに対してス座奉納金の奉納を従前よりも一層積極的に呼び掛けた。

そして、被告は、昭和六二年八月二三日、丸野山中腹にある右大幡野の土地のうち約三〇万坪の土地を敷地として、二三五億円の工費を投じて、「ス座世界総本山御本殿」を完成させ、ス座世界総本山御本殿竣工、遷座大祭を挙行して、右ス座世界総本山建立計画を達成した。

(二) 被告が完成した「ス座世界総本山御本殿」の内部には、ご神体を祀る場所である黄金の神殿が祀られている。

また、「奥宮」は、前記二2(一)記載のとおり、教え主が神事を行う狭い場所であって、その建立場所は、教義上なんらの定めもなく、これをどこに建立するかは教え主の専断に属する事項であるところ、被告は、ス座世界総本山建立計画遂行の過程のある時期には、中伊豆町所有の大幡野一五二四番地及び一五二五番地内の土地六六平方メートル(丸野山山頂)を奥宮建立の候補地として検討したこともあったが、最終的には、昭和六二年四月ころ、丸野山中腹の丘に建立することに決定し、同年七月、右の場所に奥宮を完成させたのである。

四  被告の主張に対する原告らの反論

1  (本案前の抗弁に対し)

本訴における原告らの主張の要点は、被告は原告らに対して丸野山山頂に元宮を建立すると約束して本件奉納金を寄附させておきながら、同所に元宮を建立しなかったというのであって、裁判所は、原告らの本訴請求の当否を判断するに当たり、被告は本件奉納金を募集する際原告らに対して丸野山山頂に元宮を建立すると約束したか否か、被告は丸野山山頂に元宮を建立したか否か等の事実の存否のみを判断すれば足り、本件宗教の教義上「ス座」がいかなるものを意味するかとか、本件宗教の教義上元宮の建立場所は山頂でなければならないかといった宗教上の教義に関する問題に立ち入ることを要しないから、本件訴えは、純粋な法律上の争訟にほかならない。

2  (本案についての主張に対し)

被告がその主張のころに丸野山中腹に「ス座世界総本山御本殿」と称する建造物及び「奥宮」と称する建造物を完成させたことは認めるが、右「ス座世界総本山御本殿」と称する建造物はス座のうちの「拝殿」でしかないし、「奥宮」と称する建造物は、右拝殿の真正面にはなく、元宮の要件を備えていないから、被告が完成させた拝殿は、礼拝の対象を欠いており、礼拝場所としての機能を果たしていないといわざるを得ない。

したがって、本件ス座建立計画が達成されたとは到底いうことができない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  まず、本件訴えが裁判所の審判の対象たるべき法律上の争訟にあたるか否か(被告の本案前の抗弁)について判断する。

1  原告らが被告に対して「ス座世界総本山」建立計画実現のために本件寄附をしたことは、原告池田らについては原告柳川の寄附金額を除き当事者間に争いがなく、原告小笠原らについては被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされ、また、被告が丸野山山頂に元宮を建立していないこと並びに被告が丸野山中腹に「ス座世界総本山御本殿」と称する建造物及び「奥宮」と称する建造物を完成させたことは当事者間に争いがないところ、原告らは、被告が原告らに丸野山山頂に元宮を、丸野山中腹に拝殿をそれぞれ建立することを約して本件寄附をさせておきながら、丸野山中腹に拝殿を建立しただけで、丸野山山頂に元宮を建立しなかったことは負担付贈与契約の債務不履行、要素の錯誤若しくは詐欺又は不法行為に該当すると主張して本件奉納金相当額の返還を請求し、これに対し、被告は、原告らの右請求においてはス座の概念、ス座の建立場所などについての本件宗教における教義の解釈が不可欠の前提となっており、本件訴えは、宗教上の教義に関する判断が訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものとなっているとともに、紛争の核心となっているから、法令の適用による終局的解決の不可能なもので、法律上の争訟にあたらないと主張して、本件訴えの却下を求めている。

2  ところで、裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」、すなわち、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、法令の適用により終局的に解決することのできるものに限られ、具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争の形式をとっていても、法令の適用により解決するに適しないものは、裁判所の審判の対象となり得ないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)。

そして、宗教団体における宗教上の教義に関する事項については、信教の自由を保障した憲法二〇条の趣旨にかんがみ、裁判所は、一切の審判権を有しないとともに、これらの事項にかかわる紛争については厳に中立を保つべきであるから、当該訴訟が具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争の形式をとっており、宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされている場合であっても、右判断が訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、かつ、宗教上の教義に関する争いが当該訴訟における紛争の核心をなしているときは、当該訴訟は、その実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」にあたらないものというべきである(前掲昭和五六年四月七日第三小法廷判決、最高裁昭和六一年(オ)第九四三号平成元年九月八日第二小法廷判決・裁判所時報一〇一一号一頁参照)。

3  これを本件についてみると、原告らの本訴請求は要旨前記一1記載のとおりの事実を主張して本件奉納金相当額の返還を求めるものであるから、本件訴訟は、一応当事者間の具体的な権利義務の存否に関する訴訟の形式をとっているということができる。

4  そこで、さらに、本件訴訟において宗教上の教義に関する判断が請求の当否を決するについての不可欠の前提となっているかどうかについて検討する。

(一)  (負担付贈与契約の解除の主張について)

(1) 原告らは、被告が原告らに対して丸野山山頂に元宮を、丸野山中腹に拝殿をそれぞれ建立することを約したので本件寄附をしたのであるから、本件寄附は負担付贈与契約にあたるところ、被告は、丸野山中腹に拝殿を建立しただけで、丸野山山頂に元宮を建立しないから、被告には債務不履行があると主張する。

(2) しかしながら、一般に、契約締結の過程においては契約の締結に向けて当事者間において種々の発言がされるが、そこにおける一方当事者の相手方当事者に対する発言内容のすべてが相手方に対する債務の内容となるわけではなく、当該契約の目的に照らし本質的な部分のみが「債務の本旨」として当事者双方を拘束する債権債務の内容となるのである。

(3) これを本件についてみると、仮に被告が原告らに対して丸野山山頂に元宮を、丸野山中腹に拝殿をそれぞれ建立することを約したことが認められるとしても、本件寄附の目的との関係で本質的に重要であり債務の本旨となるのは、元宮及び拝殿を建立することであり、これらを右各約定の場所に建立することは債務の本旨に含まれないのか、あるいはこれらを右各約定の場所に建立することも債務の本旨に含まれるのかの問題がある。そして、前者であるとすれば、被告が丸野山中腹に「ス座世界総本山御本殿」と称する建造物を完成させたことは前示のとおりであり、<証拠>によれば、その内部には被告のいうご神体を祀る場所である神殿も設けられていることが認められるから、一応債務の本旨に従って原告らのいう元宮及び拝殿の建立がされたものとして被告に債務不履行はないとみる余地があるが(被告の完成させた「ス座世界総本山御本殿」と称する建造物が拝殿に相当することは原告らの自認するところである。)、後者であるとすれば、被告が丸野山山頂に元宮を建立していないことは被告の自認するところであるから、被告に債務不履行が存することになる。したがって、右債務不履行の存否を判断するに当っては、被告の前記約定において債務の本旨となるのは前二者のうちのいずれであるかを確定する必要があるが、そのためには、その前提として、(イ)本件宗教の教義上ご神体を祀る場所(原告らのいう「元宮」、被告のいう「神殿」)を丸野山山頂に建立することがどの程度重要な意味を有するのか、ひいては(ロ)本件宗教の教義上「ス座」とはいかなるものかといった宗教上の教義に深くかかわる問題についての判断を避けることができないものといわざるを得ない。

(二)  (要素の錯誤による無効の主張について)

(1) 原告らは、丸野山山頂に元宮が建立されると信じて本件寄附をしたにもかかわらずこれが建立されず、今後も建立される可能性がないことをもって原告らの本件寄附には要素の錯誤があると主張する。

(2) しかしながら、仮に原告らにその主張するような錯誤が存したとしても、一般に、錯誤が意思表示の要素に関するものであるというためには、その錯誤がこれがなかったならば通常当該意思表示をしなかったであろうと認められる程度に重要性を有するものであることを要するから、原告らの右錯誤が要素の錯誤にあたるか否かを判断するに当たっては、丸野山山頂に元宮を建立することが本件寄附の目的との関係においてどの程度重要性を有するのかを判断する必要があり、そのためには、前記(一)の場合と同様に、その前提として、前記(一)(3)に摘示した(イ)、(ロ)の宗教上の教義に深くかかわる問題についての判断を避けることができないものといわざるを得ない。

(三)  (詐欺による取消し及び不法行為の主張について)

詐欺の成立要件としては、欺罔に基づく誤信が法律行為の要素に関するものであることを要求されないことはいうまでもないが、法律行為の相手方に対してなんらかの錯誤を生じさせる行為のすべてが詐欺として取り消し得べき行為となるわけではなく、それが社会通念上違法と認められない程度の軽微なものであるときには詐欺とならないというべきであるし、不法行為においても、行為の違法性が要件となることはいうまでもない。したがって、仮に原告ら主張のとおり被告が原告らに対して丸野山山頂に元宮を建立することができるように装った事実が認められるとしても、前示のとおり、被告は丸野山中腹に被告のいうご神体を祀る場所である神殿を含む「ス座世界総本山御本殿」と称する建造物を完成させているのであり、本件宗教上の教義の解釈いかんでは右建造物を原告らのいう元宮及び拝殿に相当するものとみる余地もあるのであるから、被告が右建造物を完成させてもなお、被告の前記行為に詐欺又は不法行為の成立に十分な違法性が認められるかどうかが問題となるところ、この点を判断するためには、その前提として、本件宗教の教義上元宮を丸野山山頂に建立することが本件寄附の目的との関係においてどの程度重要性を有するのかを判断する必要があり、そのためには、前記(一)(3)記載(イ)、(ロ)の宗教上の教義に深くかかわる問題についての判断を避けることができないことは、前記(一)及び(二)の場合と同様である。

5  そうすると、本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争の形式をとってはいるけれども、原告らの請求の当否について判断をするためには、原告らが選択的に主張するいずれの構成によっても、その不可欠の前提として、本件宗教の教義の解釈にわたる判断を避けることができず、その点に関する判断が本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものとなっているものということができ、かつ、当事者双方の主張にかんがみれば、この点をめぐる争いが本件訴訟における紛争の核心をなしているものと認められるから、本件訴訟は、全体として、法令の適用による終局的判断に適せず、したがって、裁判所が審判すべき法律上の争訟にあたらないというべきである。

二  よって、原告らの本件各訴えは、その余の点について判断するまでもなく不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井健吾 裁判官 木下秀樹 裁判官 徳田園恵)

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